大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和42年(オ)461号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人永井正恒の上告理由第一および第二点について。

株式会社の取締役が会社の使用人たる地位を兼ね、取締役としてではなく使用人としての給料を受ける場合においては、その給料の支払は商法二六五条所定の取締役と会社との間の取引にあたり、これについて取締役会の承認を受けることを要するものと解すべきである。もつとも、使用人としての特定の職務を担当する取締役が、あらかじめ取締役会の承認を得て一般的に定められた給与体系に基づいて給料を受ける場合には、その都度あらためて取締役会の承認を受けることは必ずしも必要でないものと解することができる。しかし、このような給与体系によらないで、特定の取締役について裁量により個別的に給料の額が定められる場合には、使用人としての職務に不相当な金額が支払われることによつて会社に損失を及ぼすおそれがないとはいえないから、具体的に取締役会の承認を受けなければならないものと解するのが相当である。

ところで、原判決は、上告会社の代表取締役および取締役であつた被上告人らが、取締役としての報酬の支給を受けず、もつぱら実働、常勤業務従事者としての意味において、被上告人伊藤藤一において一ケ月八万円、同伊藤ひさへにおいて同二万円の給料の支払を受けることを約したという事実を認定するのみであつて、被上告人らが従事する使用人としての具体的な職務ないし地位等を明らかにしないばかりでなく、給料の額がいかなる給与体系の定めに基づくものであるかを認定していない。そして、さらに、原判決は、右給料の支払について上告会社の取締役会の決議がなかつたことを認めたが、他方、同会社が被上告人らの個人会社に近い実態のものであつたこと、同会社が経営困難に陥つたのちその経営の実権を掌握するに至つた債権者委員長と称する訴外梅村英助が被上告人らへの給料の支払を承認したこと、同会社の監査役が右梅村の承認の意思表示に関与していたこと、その後同会社の代表取締役職務代行者に選任された訴外加藤義則もこれに異議を述べなかつたことの各事実を認定し、右各事実によつて、右給料の支払は取締役会に代わるべき者においてこれを承認したかまたは会社に不利益な行為とはいえないものであるとしているのである。しかしここにいう取締役会に代わるべき者の趣旨は明らかでなく、当時取締役であつた者らの意思を不問に付して右認定のような者らの明示または黙示の承諾があつたというのみでは、これが取締役会の承認と同一の効力を有するものとはとうてい解しがたく、また、以上の程度の認定事実をもつてしては、被上告人らへの給料の支払が会社に不利益を及ぼさないものと断定できるものでないことも明らかといわなければならない。

してみれば、原判決の確定した事実関係のもとにおいては、上告人と被上告人らとの間の給料支払契約が商法二六五条に違反しないものということはできないにもかかわらず、同条違反はないと判断して右契約に基づく被上告人らの請求を認容した原判決は、同条の解釈適用を誤つたかまたは右判断の過程において審理不尽理由不備の違法をおかしているものであつて、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 横田正俊 裁判官 田中二郎 裁判官 下村三郎 裁判官 松本正雄 裁判官 飯村義美)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例